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「なぜ日本は没落するか」(森嶋通夫、岩波書店)

2010-10-11
その他
 日本人二人がノーベル化学賞を受賞したニュースで、世間は沸き立っている。ところで、ノーベル経済学賞を受賞した日本人は、まだ一人もいないことをご存知だろうか。日本では経済学は、文系に位置付けられているが、実は「超」のつくほど理系の学問である。そのため、経済学部出身者の数の割には、適性のある人材がそれほど集まらず、一流の研究者が育ちにくい環境にあるのではなかろうか。しかし、今まで、ノーベル経済学賞の候補者として名前の上がった日本人が、全くいなかったわけではない。その一人が、森嶋通夫氏である。森嶋氏はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授で、数理経済学者として、ワルラス、マルクス、リカードの理論を数理化させたことで世界的名声を博した。先日亡くなった小室直樹氏が、日本の経済学者の中で唯一尊敬しているのが、この森嶋通夫氏である。森嶋氏も2004年に他界し、日本人初のノーベル経済学賞の夢は途絶えた。
 このような経歴をもつ著者は、恐らく冷徹な合理主義であろう。そして、数式の散りばめられた、難解な議論が展開されるのであろう……。そんな思いがよぎり、途中で投げ出すことを覚悟で、恐る恐る本書を紐解いた。しかし、この予想は杞憂に終わった。文章も非常に平易で、数式もほとんどなく、これなら私でも理解できるとホッと安堵した。そして森嶋氏は、冷徹な合理主義者どころか、維新の志士の如き熱い情熱のたぎる、愛国者だったのである。
 書名が示すように、著者は日本の将来について、悲観的な予測をしている。著者は資本論を数理化させたことで名高いが、けしてマルクス主義者というわけではなく、マルクスの言う下部構造は経済ではなく、実は人なのだと説く。50年後の未来を予測するには、経済学はあまりに未発達だが、しかし手がかりがないわけではない。それは、50年後にどういう日本人が主要な分野で活躍しているか、ということである。そして、そのような観点から眺めると、きわめて悲観的な見方にならざるを得ないというのだ。
 詳細は本著に譲るが、要するに著者は、学生たちが幼稚なことを大声で話しながら闊歩するキャンパスの風景に絶望しているのだ。森嶋氏の持論によれば、人間が最も成長できる時期は、10代の終わりからせいぜい20代の初めにかけてまでである。そして、この時期を、無為に過ごさせてしまっている現在の日本の大学制度には、根本的な欠陥があると見ている。また社会には、一部の優秀な人間たちが牽引していくという側面があるが、今日の日本は、エリート不在の状況になってしまっており、このことはきわめて重大な問題であると指摘する。
 これらの議論を踏まえて、著者は、自分自身が最も成長しえた青春時代のエピソードを長々と紹介する。当時、森嶋氏は、友人の寺田順三氏と毎日のように議論を戦わせ、しかも連戦連敗であったという。しかし、そのことが知的鍛錬となり、何よりの成長の糧となっていた。そして、自分を導いてくれたのは、高田保馬氏(1883~1972 著名な社会学者)や青山秀夫氏(1910~1992 経済学者)ではなく寺田順三氏であったと、恩師に対してやや失礼な発言まで飛び出していた。
 私は読んでいる最中、この寺田順三氏のことが気になってしまい、パソコンの前まで行き、検索してみた。しかし、同名のイラストレーターのことしか出てこない。そして、このエピソードの最後で、ついに種明かしがされる。寺田順三氏は、後年、土建会社の社長になったというのだ。
 私は唖然としてしまった。若き日の著者を連日打ち負かしたほどの相手であれば、当然、碩学になっていたであろうと想像していたからだ。もし経済界に身を転じたとしても、財界トップになっていたというのならまだわかる。しかし、土建屋の親父と言うのは……。
 よく考えてみれば、この方が遥かに現実的だ。しかし、多くの場合、功なり名を遂げた者が過去を回想するとき、有名人同士の出会いについてのみ焦点を当て、物語を膨らませていくという暗黙のドラマツルギーがあるような気がする。これには読者サービスの一面もあるが、権威主義の臭いもする。これを見事に無視してくれたため、読者に強烈な違和感を与えた一方、我々がつい見過ごしがちな先入観や偏見に気づかせてくれたのである。そして、著者の飾らぬ人柄に、深く感銘を受けたのであった。
 著者が、教育改革とともに、没落から救う方法として提起したのは、東北アジア共同体構想である。本著が刊行されてから10年になるが、現時点で、この構想が実を結ぶ可能性があるのかは、ちょっと判断しがたい。さらに付記では、社会科学の暗黒分野として、カルト教団の問題を取り上げている。著者がもっと若ければ、暴力団、マフィア、新宗教の教祖、元軍人、スパイといった、従来のモデルからは排除されていた、合理的行動を仮定できない領域にチャレンジしていたのだろう。
 晩年の著作と言うこともあって、シャープな論理性と言うのは、それほどは感じなかった。しかし、日本を愛する思い、そして、旺盛な好奇心には終始圧倒される思いであった。森嶋氏の遺志を受け継ぎ、ノーベル経済学賞を受賞する日本人は、いずれ現れるのであろうか。



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